んし……。」
 それはまた、中江にとっては、意外な言葉だった。賃銀値下げと馘首とに対する絶対反対は、あらゆる場合の主要条項たるべき筈だったのである。その点をつっこまれると、柴田は明かに狼狽の色を見せ、西田は全職工の一致結束を乱すとだけ云って、それから、改革を要する種々の細かな規定などをもちだして、くどくどと説き立てるのだった。そして、共済基金の涸渇から、貸出規定の改正などの点になると、彼は明らかに反動的な立場に身を置いていた。そういう話に中江は耳をかしながら、西田のこと――窮屈そうな態度と、鋭い眼付と、どこかインテリくさい蒼白い顔と、自負のこもった短い言葉附などを、何ということなく思い浮べてるうちに、ふいに形体《えたい》の知れない忿懣の情に駆られた。それは、西田に対する同情からでもなく、ましてイデオロギー的根拠があるものでもなく、彼がいつも被圧迫階級に対して漠然と感ずる同感の念に似たものであって、それだけに広く大きく、盲目的なものだった。彼は一挙に柴田の饒舌を遮った。
「とにかく、あの会社は、もう伯父のものではありませんし、まして、僕には何の関係もないのです。第一、工場のことなんか、僕
前へ 次へ
全43ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング