なることにも顔負けしないだけの皮膚と脂肪とを備えた顔に、微笑の影さえ浮べないのだった。一体何の用件で来てるのか、更に見当がつかなかった。中江はいらいらしてきて、それを率直に尋ねたのだが、柴田は平然として、旧社長の甥御だからただ御報告にあがったのだと、更に不得要領な返事きりしなかった。その図太い態度を見てるうちに、中江は西田のことを思い出したのだった。彼が口を利いて、組合運動の闘士たることを知悉しながら、伯父の会社に入れてやった職工で、憂欝な影のなかに純情を包みこんでるような男だが、それがこの柴田の下で働いてることを考えると、中江は急に好奇心を覚えた。
「話は別ですが、あなたのところに、西田重吉という職工はいませんでしたか。」
「西田……重吉。」
 柴田はそうくりかえして、咄嗟の瞬間に中江の様子を窺ったが、それから俄に態度を変えた。
「ああ、あの男ですか……たしかまだ工場にいたと思いますが、勿論、近いうちに解雇することになっている筈です。全従業員の共同経営となると、ああいう男は一刻も置いてはおけませんし、そうでなくてもですが、何しろ、解雇するには、一人の職工でも、時期をみなければなりませ
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