じれて、意志の力を説き、努力の効果を説きたて、説いてるうちに、自分にもぴったりこないところから、うわずった熱っぽい気分になってゆき、それがまた感傷的な気分をもそそって、しきりに酒をのんだ。三四十分たって、静葉が他の出先から駆け戻ってきて、膝をくずして島村に寄りそいながら、袂で頸筋に風を送ってる様子を、中江は霧をへだてて見るように眺めた。そしてその霧のなかで彼は、ふみ枝としげしげ逢っていてそのままいつしかうとくなっていったことや、キミ子と今のようになったきっかけ――個人生活と社会的生活との話から、恋愛論に及んでいって、ひょいと彼女を抱擁してしまった、偶然のいきさつなどを、遠い昔のことのように思い浮べ、社会問題に強い関心をもって、何かしら為すべきことを沢山夢想していた昔の生活から、現在の自分がぽつりと置き忘れられてるような寂寥を感じ、それに反撥する力もなく、涙ぐましい気持に陥りながら、しきりに酔いを求めて、丁度溺るる者が水面に浮び出ようと※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]く[#「※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]く」は底本では「椀く」]ように、徒らに饒舌ったり騒いだりしてみるのであった。ばかばかしいと気付いても、もう遅いと自分で自分を投げだすのであった。
夜なかに、中江はぼんやり眼をさました。まだ身体の隅々は影のなかにあったが、頭のしんに、ぽつりと朧ろな燈火がともって……それが、寝室の二触の電気の明るみとなった。その意識のなかで、胃部に不快な重みを感ずると共に、腹部がいやに軽やかで、殊に下腹部には、空腹の極に於けるように、まるで力がなく頼りがなかった。胃部の重みは始終馴れてることだったが、腹部の軽やかさ、殊に下腹部の力なさ頼りなさは、初めてのことだった。それが不安になって、つっ伏しに寝返ってみると、胃の重みはなくなったが、腹の空疎な軽い感じだけが、一層はっきり残った。それがじかに頭のどこかにつながってるようだった。そこに思考の力のぬけはてた空疎なところがあった。そしてそのまわりを、重い雲みたいなものがとざしていた。眠りながら、何かしきりに考えていて、それらの考えが雲になってまわりをとざし、その真中に、白痴に似た空虚が出来たもののようだった。その空虚のところから、もやもやとした雲の壁を物色してみると、どこもここも行き詰りだった。……なんだか、眠
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