の肥った大柄の身体附、明るい笑い、どこか一徹な伝法らしい気質、でたらめのそそっかしい調子などに、そうしたものが見えないでもなかったが、彫刻を仕事としてる島村の審美心が、そんなものだけで満足してようとは思えなかった。問題は、もっと深い肉体的な機密に属することかも知れなかった。二日も三日も二人きりで一緒にいて、よくあの二人は倦きないものだと、いつか小耳にはさんだ仲居の言葉を中江は今更に思い出しては、一晩一緒にいてさえ、何か感傷的な支持がなければ、すぐに精神的にも肉体的にも反撥しそうになってくるキミ子との仲を、顧みて考えるのであった。そして変に考えこんだ眼で眺めると、三味線をかかえてる静葉の様子が如何にも朗かそうで、その向うには、ふみ枝の立姿が、しなやかな手先の曲線を無数に空中に描き出し、ゆるやかな裾のリズムを畳の上に滑らしていた。……※[#歌記号、1−3−28]どうぞかなえてくださんせ、妙見さんへ願かけて、かえるみちにもその人に……。
「中江さん。」
 呼ばれて中江が振向くと、千代次がさもおかしくてたまらないというふうな顔付をしていた。
「よしきた。二人ともしっかりたのむよ。」
 ※[#歌記号、1−3−28]猫じゃ猫じゃと、おしゃますが、ねこが十二単衣をきるといな、ごろにゃん……までは普通で、それから中江は箸で皿や盃を叩きだした……ごろにゃん、ごろにゃん、ごろにゃん……。ふみ枝がいちばんに笑いだして、それからみんなも、腹をかかえて笑いだしたが、中江はたたき続けた……ごろにゃん、ごろにゃん……。
 くたぶれてくると、中江は気持までぐったりしてしまった。島村はやはりのんびりした笑顔で、鮨がたべたいなどと云いだしたが、静葉が島村に何か囁いて出ていった後で、ひょっと真顔になって、この頃どうだい、と尋ねかけたのだった。そして話が落付いてきて、まじめな話題になると、島村も相当に口を利いた。生命を賭して仕事をするなどということは、人間にはあり得ないことで、自然の成行から、命をかけたように見える結果になるだけのことだ、第一、意志の力なんてものは取るに足りないもので、生きてゆく上の習慣が意志の力と見えるだけのことだ、というのだった。そこで、生活の様式から結果する自然の成行、云いかえれば運命というものを、僕は信ずる……。そういう意見に、中江は賛成する筈だったが、変に、島村に対しても気持がこ
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