ていた。上下揃った細い真白な歯並で、而も下歯が上歯の奥にはいり込んで合さるということがなかった。上歯の先端と下歯の先端とがいつもかち合っていた。そのために、物を食べる時奥歯を噛み合せるのに、口元へ可愛らしい皺が寄った。またそのために、平素唇が薄く細そりして見え、その唇の仇気ない子供らしい微笑の隙間から、上下揃った美事な歯並が覗き出した。なおその上、右上の糸切歯に金が被さっていた。普通は、糸切歯が虫に腐蝕されることは極めて稀であるが、彼女は真先に糸切歯がやられたのである。彼女にとってはそれが偶然の天恵だった。美わしい歯並の奥からぴかりと黄金色に光る糸切歯は、彼女の微笑みに云い知れぬ魅力を与えていたのである。それは兎に角として、この糸切歯から一枚飛んだ奥の下歯が、以前から虫に蝕されていた。時々痛み出すこともあった。然しいつもすぐによくなった。所が此度は、三四日たっても痛みが止まなかった。「あの晩からよ、」と彼女は云った。私は冷りとした。そして無理に歯医者へ通わした。
 歯医者の言葉に依れば、その虫歯は可なりひどくなってるので、セメンをつめ金を被せるのには、二週間余りかかるとのことだった。そ
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