てる気にもなれなかった。「彼女」が何処かに、至る所に、立っているように思えて、しきりに気にかかった。
そして夕方、座敷の隅に眠ってるみさ[#「みさ」に傍点]子を見出した時、私は泣きたいような心地になった。私はその側に惹きつけられた。みさ[#「みさ」に傍点]子は、片手を肩にかついだ恰好に布団から出して、すやすや眠っていた。私の気配《けはい》を感じてか、夢をみてか、それとも無心にか、乳を吸う形に唇を動かした。その小さな濡った唇に、私は自分の唇を持っていった。それから俄に身を引いて後ろを顧みた。誰も居なかった。ああ私は誰に気兼ねをしたのであったか! 私はまた自分の口を、子供の柔かな頬へ持っていった。それから額へ唇をあてた。香りのある温い子供の肉体と心とが、私の唇に感ぜられた。我知らず涙が出て来た。布団から出てる手をそっと入れてやろうとすると、みさ[#「みさ」に傍点]子は眼を覚した。私はそれを胸に抱き上げてやった。なおむずかるので、立ち上って歩いてやろうとした。一足歩き出すと、室の入口に秀子が立って、じっと私の方を眺めていた。私は眼を外らした。秀子は歩み寄ってきた。私達は無言のうちに子供を受
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