ぶしてしまった。酔いつぶれると、ただ空虚な渦巻きの世界のみだった。
翌朝遅く、爛れた舌を鍋の鳥で刺戟しながら朝食を済すと、私は菊代に碌々挨拶の言葉もかけないで、慌しく其処を飛び出した。空が晴れていた。明るい日の光りの下で、自分自身が堪らなく惨めに思えた。凡てが穢らわしく呪わしかった。そのくせ意識がぼんやり曇っていた。何か忘れたものがあるようだったが、それがどうしても思い出せなかった。
私は他人の家へでもはいるような気持ちで、ぼんやり自家の門をくぐった。
所が、其処に出て来た秀子の顔を見ると、私のうちにむらむらと反抗の気分が湧いた。彼女はお帰りなさいとも云わないうちに、冷然と、それでも眼を伏せ唇をかみしめながら、真先にこう云った。
「男の意地って下らないものね。」
私が叔父の家へ泊ったことと彼女は思ってるのだ、そう私は推察した。そして云ってやった。
「何が下らないんだ?……叔父の家へなんか泊るものか。」
「そうでしょうとも。」と彼女は答えた。「どうせ、穢ならしい狭苦しい家なんでしょうよ。」
彼女は顔の筋肉一つ動かさなかった。私は彼女から極端な蔑視を受けてることを感じた。然し咄嗟
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