のを避けていたのだ――秀子のために。
菊代が来ると、私は妙に苛立ってきた。やたらに彼女へ杯をさしつけた。重苦しいへまな冗談口を盛んに利いた。しまいにはその三味線を奪い取って、変な手附で「一つとや」を弾き出した。自分自身が滑稽だった。滑稽を通り越して泣きたかった。「松飾《まつかざ》りーい、松飾り、」の所へ来て手を忘れた。つかえてしまった。私はぴんと三本の絃《いと》を引き切ってしまった。
「まあ、何をなさるのよ。」と彼女はつめ寄ってきた。
眼瞼の薄い小賢しい眼が、妙に黝《くろ》ずんだ光りを帯びて、緊りのない脹れっぽい顔付に、一寸敵意らしい険が漂っていた。私はその顔を見つめた。
「僕は今晩は帰らないよ。」と私は吐き出すようにして云った。
彼女は一寸瞬きをした。次の瞬間には妙に荒々しい素振りになっていた。
「卑怯な方ね!」と彼女は云った。「帰ろうたって、もう帰すものですか。」
彼女は酔っていた。私も酔っていた。それから私達は、別の奥まった家の狭い室で、時間過ぎの酒を飲み初めた。自分自身の魂を踏み躪りたいような、また妙に冷たい敵意のある意識が、ちらりと起きかけるのを、私はむりやりに酔いつ
前へ
次へ
全79ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング