仰向に真直に寝返って、天井を仰いだ。絹覆をした電灯の光りが、室の中に薄ぼんやりと湛えていた。夢のような静けさだった。私は天井に眼をやりながら、消え去った幻の跡を追っていた。長い時間がたった。と、何かに私はぞっとした。あたりにそっと気を配ると、秀子がぱっちり眼を開いて、私を見つめていた。私は息をつめた。じっとしていた。暫くすると低い落付いた声が聞えた。
「あなたは、千代子さんの夢をごらんなすったんでしょう。」
 私は黙っていた。
 また囁くような声が聞えた。
「私もみました。」
 暫く沈黙が続いた。
 私は秀子の方へ顔を向けた。彼女は大きく眼を見開いて、なお私の方を見つめていた。
 口をきっと結んで、頭をがっくりと枕にのせ、瞳を据えていた。その顔全体が仄白い蒼さで浮き出していた。まるで死人の顔だ。私は冷たい戦慄が背中に流れるのを覚えた。すると、彼女もそれを感じてか、急に布団をはねのけて、上半身を起した。そして私の方へ向き直ると、慴えたような調子で叫び出した。
「私はもう嫌です。あなたと一緒の室に寝るのは。二階に寝て下さい。気味が悪くって嫌です。」
 私は惘然として、急には言葉が出なかった
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