までした。そしてなお私が心を惑わしたことは、秀子までが彼女の夢をみたのだった。
 或る朝、秀子は私に云った。
「今朝がた、千代子さんの夢を見ましたわ。」
 私は驚いて彼女の顔を見つめた。そして口早に尋ねた。
「え、どんな夢? 何をしてた所だ? そして、初めてなのか、また何度もこの頃みるのか?」
 私はへまだったんだ。秀子は私の様子を見て、何かに慴えたように肩を縮め、暫くじっと私の眼の中を覗き込んだ後に、漸く答えた。
「覚えていません。」
「覚えていないことがあるものか。どんな夢だったんだ?」と私はたたみかけて尋ねた。
 彼女の様子は俄に変った。彼女は冷笑的に答えた。
「あなたは、まるで恋敵きみたいな調子ね。」
 私は何か大きなものにはね飛ばされたような気がした。云い知れぬ憤りで頭が熱くなった。手の届く周囲を見廻した。敷島の一袋が眼にはいった。それを取るといきなり彼女へ投げつけた。煙草は彼女の所まで届かないで途中で落ちて散らばった。
「馬鹿ッ! 恥を知るがいい!」
 そう云いすてて私は二階へ上った。
 然し、書斎の中でほっと我に返ると、私は顔が真赤になった。私こそ恥を知るがいいのだ。私は
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