で佇んでる所、そういう極めて瞬間的なものばかりだった。然し夢からさめた後で、何だか妙な気がした。他の凡てのことがぼやけて、彼女のみが馬鹿にはっきり残っていた。勿論その顔立や姿などはぼんやりして分らなかったが、「彼女だ、」ということだけが明瞭に頭へ刻み込まれた。その上、夢の後で変に不安な胸騒ぎがした。どうも不思議だったのでつい秀子へ口を滑らすこともあった。「そうお、」と秀子は簡単に答えた。私も大して気にはしなかった。
所が、度重なるに従って、私は気になりだした。千代子の夢をみた後で、彼女に対して、しみじみとした、やるせないような、胸が苦しくなるような、変梃な気持ちを覚えた。しまいには、夢をみないのにみたと、眼を覚す瞬間に感ずるようになった。そして、私は一種の愛着を彼女に対して懐くようになった。その愛着の情が次第に募ってくると、いつのまにか「理想の女」と「彼女」とが一体をなして、私の心を惹きつけてしまった。私は夜早く寝るようになった。外へ出かけて早く帰って来るようになった。夜中に何度も眼を覚した。それは何とも云えない蠱惑的な楽しみだった。私はその怪しい瞬間的な愉悦に、自らつとめて耽ろうと
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