えることが出来なかった。秀子との会逅、其後の熱烈な恋愛、父母や親戚の人々の非難と反対、それを断乎として郤けつつ払った犠牲、遂に自由恋愛を貫き通した結婚、それまでの経路を回想してみると、私は其処に何等必然的なものを認めなかった。凡てが偶然のうちに運ばれたもののように考えられた。それならば、周囲の障碍をあれほど力強く突破してきた私の意志は、一体何であったか、何処から出て来たのであったか? それは単に青春の空想と悲壮な感激性のみだった。それは凡て私のうちに在ったもので、秀子と私との間の必然ではなかったのだ。秀子でなくともよかったのだ。他の如何なる女性ででもよかったのだ。そしてたとえこういう考えは時の距りと現在の心の状態とに欺かれてるものであるとしても、今眼前に居る秀子は、果して私が一生の伴侶として満足し得らるる女性であるか? 否。それでは、私は一生を不満のうちに終るか、または妻というものに対するあらゆる要求を捨て去るか、二途の外はないのである。……秀子と別れる! 私はその考えを押し進めることが出来なかった。恐ろしかった。余りに恐ろしかった。そして私の前には、ただ選択を誤ったという事実のみが残
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