ある。実際彼女は、私の心の如何によって自分の心の態度をきめようとしているではないか。心の自然の推移によって、彼女が私を愛しもしくは愛しないのならば、それを私は聊かも憾みとはしない。然し愛を取引視せられることは堪らない。私が理想とする女性は――私に理想の女性があるとすれば、それは……。
 ああその時になって、秀子と結婚して二年後になって、私のうちに「理想の女」が眼覚めてきたのである。そして私は初めて、この理想の女に秀子を比較してみた。何という違いであったろう。精神的にも肉体的にも、殆んど比較にならないほどの差があった。然し理想の女の本体は、まだ捉え難い空漠たるもので、少しも具体的のまとまりを有しなかった。ただ、それを秀子と比較してみると、秀子の有する肉体的精神的の醜い点が、一々はっきり浮き出してきたのである。そしてそういう醜い点を一つも具えていないというだけの空漠たる姿で、理想の女が私の前につっ立ったのである。
 私はかかる架空的な理想の女を標準として、秀子に厳密なる批判の眼を向けた。そして私の考えは過去にまで溯って、どうして秀子を自分は選んだのであるかという問いに到達した。私はそれに答
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