輪をいじくった。――食事の前には必ず両手で襟をきっと合した。食事がすむと、一寸小首を傾げて、それからお茶を飲んだ。お茶を飲む間に、大抵は香の物を一切れ食った。――寝る時には、寝間着に着代えた後一寸坐る癖があった。朝は、眼が覚めても長く床の中にはいっていた。愈々起き上ると、少しの休みもなく而も気長に身仕舞をした。
私はそれらのことを、一種の皮肉な眼で発見していった。すると彼女は、何の気もつかないらしく、例の糸切歯の金の光りで私の眼をくらまそうとした。然し私には、その魅力が別の意味で感じられて来た。その糸切歯こそ、彼女の我儘な利己的な一轍な残忍さを迎合的な小悧口さで蔽った性質、そのままの象徴だった。
私はこういうことを覚えている。近所に金棒引きの奥さんが居て、種々の噂を方々へ流布して廻っていた。その奥さんが、秀子のことを、生意気で我儘で仇っぽくて而も田舎者らしく、何でも地方のお茶屋か宿屋かそういう家の娘に違いないと、噂をしてるということが、何処からともなく秀子の耳に伝わった。秀子は真赤になって怒り立て、いつかとっちめてやると云い張った。私は彼女の怒り方が余り激しいので、揶揄《からか》い
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