気味に、「そういう風な所もお前のうちに在るよ、」と云ってみた。それがなおいけなかった。彼女は益々憤った。それで私は、あの奥さんの単なる噂に心から苛ら立つのは、自分を向うと同等の地位に引下げることで、教養ある者の取る態度ではないということを、諄々と説いてやった。然し彼女には、私の云う意味がよく分らないらしかった。いつまでも腹を立てていた。その奥さんと途中で逢っても、挨拶もしないらしかった。所が一ヶ月ばかり過ぎた後に、その奥さんと愉快げに談笑してる彼女を、私は見出した。一寸喫驚した。「どうして仲直りをしたんだい、」と尋ねてやった。すると彼女は答えた。「仲直りなんかするもんですか。でも可哀想だから調子を合してやってるんですわ。」そして彼女は影で、その奥さんのことを軽蔑的に悪口し続けた。私には彼女の心理がよく分らなかった。なぜなら、私が説いてきかした教養のある者の取る態度と、彼女の態度は結果に於て多少類似はしていたけれど、心の動き方は全く反対らしかったのである。――前年の年末に、秀子は、遠縁に当る家へと世話になった家へと二つの進物を整えた。一つは、二羽の鳩が古い汚い果物籠の中に押し込んであり、
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