けられた。私は秀子を家庭内に於ける敵だと看做したのみでなく、また自分の若々しい生命を束縛する軛だと看做し初めた。私のうちに在る遊蕩的な悪魔は、あらゆる女性を享楽するの機会を得ないことに、不満を感じはしなかったが、あらゆる女性を享楽出来ない身分に置かれてるのを、憾みとした。
私は冷かな評価的な眼で、秀子を――妻という名前で自分を束縛してる秀子を、眺め初めたのである。初めて逢った女ででもあるかのように眺めだしたのである。そして見出したのは、彼女の醜い点ばかりであった。馴れきった眼には、彼女の長所は映らないで、短所ばかりが映ってきた。
彼女の眼の縁には、薄暗い隈が出来ていた。わりに細いけれども時々非常に魅力ある輝きを見せる彼女の眼は、その下眼瞼の隈のために、殆んど睫毛の柔かな影を失って、極めて露骨な陰険な光りを帯びるようになった。――眉の間までつきぬけていい恰好の鼻は、その先端に意外にも、小さな瘤を一つ拵えて、其処の皮膚にはざらざらした毛穴が開いていた。そして鼻筋の上、眉の間に、時々ヒステリックな皺が寄った。――真白な綺麗な歯並を覗かせる口は、角が引緊ってるために一寸は目立たないけれど、
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