付いたのだった。秀子の嫉妬は、或る意味に於て至当だったのである。私はあらゆる女性に、心を――恋愛的な心を寄せていたのだ。あらゆる女性を対象として、現実的気分で塗られた恋愛を空想していたのだ。私の愛情は一人の女を離れて、少くとも心持の上だけでは、あちゆる女の上に分散させられていた。危険と云えば、凡ての女が危険だった。長谷川道子も、友人の妻君も、電車に乗り合した令嬢《ミス》も、劇場の廊下で行き合う夫人《マダム》も、カフェーの女給仕《ウェートレス》も、年若くて或る種の容姿を具えている以上は、皆危険だった。
 省みてこのことを気付いた時、私の驚きは如何ばかりだったろう! それは殆んど狼狽にも近かった。私は自分を取り失ったような気がした。妻に集中すべき愛情が一般女性の上に散り失せるということは、良人として最も悪い状態に違いない。而も、妻を殴りつけ市内を彷徨していながらも、遊里に夜を明かさないことをひそかに矜りとしていた私だったのだ。
 私は恥しかった。自分の心を制しようとした。然しそういう努力の結果はなおいけなかった。私の遊蕩的な眼は、なお頻繁にあらゆる女性の上に向けられ、また一方秀子の上にも向
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