よって却って心が唆られる例は、よくあるものだけれど、私にはそういう暗示は更に働かなかった。余りに馬鹿々々しい気がした。問題は道子一人に在るのではないような気がした。そうだ。道子もその中の一人ではあったが、問題は道子一人に在るのではなかった。それでは誰に?……自ら尋ねてみて私は駭然としたのである。
市内を彷徨してるうちに、私の眼は行き逢うあらゆる女に向けられていた。而もそういう私の眼は単なる路傍の人を見る眼とは違っていた。あらゆる異性の方へしたい寄る青春期の眼、慌しい而も執拗な、恥かしげな而も厚かましい、内気らしい而も露骨な、自分と相手とをすぐに真赤ならしむるような熱っぽい眼、それと同じものだった。私は自ら知らないで、眼の前を通り過ぎるあらゆる女の、髪の匂い、眼の輝き、唇の色、頸筋の皮膚、胸の脹らみ、腰の曲線、足の指先、などを臆面もなく而もひそかに窺っていた。その上、異性をよく知ってる私の眼は、青春期の童貞の夢幻的な眼よりも、相手の各局所を評価するのに鋭利だった。それだけにまた、私の眼には享楽的な実感が濃く裏付けられていた。
問題は誰に在るかを自ら尋ねてみた時、私は初めて右の事実に気
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