暴力が最後の避難所となることもある。私は拳を振り上げた時、「も一度云ってみろ!」と叫んだ時、彼女が折れて出ることをどんなにか待っていたろう! 恐れ入ったという色を一寸見せてさえくれたら……もう止して下さいという様子を一寸見せてさえくれたら……振り上げた拳の下から一寸身を引いてさえくれたら……私の気はそれで済むのであった。然し彼女はそうしなかった。あべこべに私の気勢を上から押っ被さって折り拉ごうとした。それでも私は、拳をすぐに打ち下さないで、少し手を引いて、ただ彼女を押し倒そうとしたのである。然し彼女はそんなことに頓着しなかった。真正面から私に向って突進してきた。凡ての期待は空しくなった。私は逃げ途を失った。もはや一方の血路を開くより外に仕方がなかった。私は殴りつけた。蹴飛した。而も、私が其処に打倒したものは「彼女の肉体」であって、「彼女」はあくまでもいきり立って私に飛びついて来たではないか!
そういう彼女を、一歩も譲ることを知らない彼女の心を、是非とも挫いておく必要があると私は考えた。そうでなければ、まだこれから幾度も同じことが起りそうだし、その度毎に私は困難な立場に陥りそうだったの
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