るのを見た。それに反して、私の方には非常に明晰な意識が働いてるのを見た。私は堪らなくなった。そして彼女の狂暴な手を払いのけるや否や、ぷいと外に飛び出した。子供の泣き出す声が後ろから聞えていた。
実に嫌な――というより寧ろ醜い心地だった。彼女を殴りつけてる瞬間の自分の姿が、如何に呪わしい様子であったかを私は感じた。「随分大きな口ね、」と彼女からよく云われていたその口が、殊に大きく裂け上り、鼻が頑丈に居据り、両眼が真中に寄っていたに違いない。握りしめた拳は震え、呼吸は気味悪いほど深く抑え止められていた。そして、そういう私が飛びかかっていって殴り倒したのは、「彼女」をでなくて「彼女の肉体」をであった。柔かな円っこい弾力性のある、海綿を水母《くらげ》に包んだような而も生温い香りのする、「彼女の肉体」をであった。その肉体の背後には、執拗な「彼女」がつっ立って、あくまでも私に反抗しようとしていた。私の手先にしがみつき、私の着物の裾に取りついて、瞋恚の爪を私の胸に立てようとしていたのだ。私は逃げるより外に仕方がなかった。逃げる――と云えば、私は初めから逃げ出していたのだ。切瑞つまった場合になると、
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