彼女は俄にいきり立った。そして「私に恋人があること」を、遠廻しに立証していった。私が始終出歩いてばかりいること、家に居ても様子に落付きがないこと、然し遊蕩を初めたのではないこと、なぜなら、酒気を帯びて帰ることも稀であるし、一晩も外泊して来たことがないから、そしてまた、女は子供を育てるのみが務めではないとよく云ってること、いやに何かを考え込んでばかり居ること、出かける時の慌しい様子のこと、みさ[#「みさ」に傍点]子に対して冷淡な素振りが多くなったこと、だから、「誰かに恋し初めてるに違いない。」という結論に達するのであった。
 私は云った。
「ではお前は、僕とお前との愛について僕がどんなに苦しんでるか、それを少しも知らないのか。」
 彼女は答えた。
「苦しんでは長谷川さんなんかの所へばかりいらっしゃるんでしょう。」
 私はつと身を起した。長谷川の妹のことを、道子のことを、彼女は考えていたのだ。
「お前は道子さんのことを考えてるんだね!」と私は叫んだ。
「いいえ、道子さんとは限りません。」
「馬鹿なことを云うな!」私はそれを押っ被せて云った。そして、長谷川の家へ屡々行くのは、いつもいい意味の
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