行くのかと秀子は尋ねだした。私が夜遅く帰ってくると、翌朝になって、昨日は何処へ行ったのかと彼女は尋ねだした。私は気にもかけなかった。気持ちの和らいでる時には、和らいでいない時にも大抵は、何処から何処へ行ったと明かに答えてやった。少しく曖昧な点があると彼女はなお追求してきた。私は更に詳しく答えてやった。余りうるさくなると、こう答えた。
「でたらめに歩き廻ったことを、そう詳しく覚えてるものか。」
 彼女は口を噤んだ。
 不機嫌な時には、私はこう答えた。
「煩い。何処へ行こうと僕の勝手だ。」
「では私も勝手な真似をしますよ、その時になって愚図々々仰言らないようになさい。」
 と彼女は答え返した。
 心が陰鬱に沈み込んで、気分だけが妙に緊張してる時に、私は暫く黙ってた後、こう答えた。
「放っといてくれ! 僕は少し一人で考えたいんだ。」
 すると彼女は、俄に顔を引緊め、眼を横目勝ちに見据えて、室の片隅を睥んだ。いつまでもじっとしていた。私は少し変な気がした。
「何を考えてるんだ。」と私は云った。
「何でもよござんす。私にも考えがあります。」
 彼女はやはり身動きもしなかったが、やがてふいと立って
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