行った。そして向うの室で、女中の手からみさ[#「みさ」に傍点]子を抱き取ると、やけにゆすぶりながら室の中を歩き廻ってるのが、如何にも私への当てつけらしかった。
 私はそういう彼女の様子が、どう考えても腑に落ちなかった。何か新たな心理が彼女のうちに動いてることは分ったが、それが何であるかは分らなかった。そして結局、彼女の心に芽したものが何であろうと、私の方が一歩優勢になったことだけは確かだった。私はこの意外な結果に満足した。そして更に決定的な勝利を得んがために、殊更沈思を装い、出先を曖昧にしながら、一層頻繁に市内を彷徨し初めた。そういう方法によって、彼女の気勢を挫き、家庭内に自分の権力をうち立て得たら、凡てがよくなるだろう、彼女と私との間もよくなるだろう、と私は考えていた。私は球突場へ通った。碁や将棋を初めた。活動も見て歩いた。時には夜遅くまで酒を飲んだ。妓を呼ぶこともあった。飽きると友人の家に寝転んで、無駄話に耽った。ちいさなハナをひいたり、トランプの空遊びをした。そして、遊惰というものは妙なものである。初めはいつも陰鬱に曇っていた私の心が、非常に華かになったり、非常に陰惨になったりし
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