てるのではないかしら。良人は朝から会社へ出かけて、必要な糧を稼いでき、妻は家を守って子供を育ててゆく。夕方良人が家に帰ると、一日見なかった妻の笑顔と子供の声と、晩酌の食膳とが、綺麗に整って待ち受けている。食事が済むと、良人は昼間の疲れと食慾の満足とに、もはや眠ることだけしか求めない。妻は子供を寝かしつけ、やがて自分も寝てしまう。そして一日が終るのだ。二人の間には何等衝突すべき材料がない。良人は後顧の患いなくして、自由に痩腕を世に揮うことが出来、妻は生計の煩いなくして、自由に驢馬の足を家庭内に伸すことが出来るのだ。……そして、良人は食を与え妻は肉体を供し、子供――彼等の惨めな後継者――が、年と共に殖えてゆく。
私は胸糞が悪くならざるを得なかった。それほど私のうちには遊惰な心が蟠っていたのだ。民衆の中堅たる最も健全勤勉な人々を、右のように漫画視して考えるほど、私のうちに頽廃的な気分が濃くなっているのであった。そしてこれは皆、家庭というものから根こぎにされた結果であった。
夜遅く家に帰る時、私は牢屋へ戻る罪人のような心地がした。家の中には、秀子の息吹きが、その重々しい蛸の木が、頑として根
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