点]は秀子の方に従う。子供は泣いたまま放って置かれる。私は逃げ出すより外に仕方がない。「羽織を出しとくれ、出かけるから、」と秀子へ云う。「勝手にお出しなさるがいいわ、」と彼女は答える。私は箪笥の抽出から、むちゃくちゃに着物を引きずり出す。そして羽織だけを取代える。秀子は漸く立って来て子供を抱く。そして着物を引き散らしてる私を冷然と見下す。私は赫となる。自分自身が醜く、彼女が憎くなる。彼女がもし子供を抱いていなければ、また殴りつけるかも知れないと自分自身を恐れる。私は出かけようとする。「着物をどうするんです?」と彼女は私を追求する。「勝手に出せというから出したんだ、」と私は怒鳴り返す。冷やかな沈黙が落ちてくる。今にも破裂しそうな反感が募ってくる。危い! 私は外へ飛び出す。
斯くて私の彷徨は初まったのである。私は不在なことが多くなった。そして少くとも初めのうちは、万事がうまくいった。
私はこんな風に考えた。私達が何かにつけて衝突し合うのは、いつも鼻と鼻とをつき合してるからではないかしら。余りにも近くくっつき過ぎてるからではないかしら。会社員みたいな生活が、神経の鋭敏な現代人には最も適し
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