いう誤った考えは、まだ第二義的なものに過ぎなかった。根本の問題は、彼女の精神の据え所にあった。彼女はもはや進むということを知らなかった。そして現在の偸安をのみ事としていた。
女の退歩は、家庭の主となる所から、主婦として安住する所から、初まる。結婚し、子を産み、家庭内の権利を掌握する、其処から初まる。私はそれを知らなかったのだ。それを適当に導くことを知らなかったのだ。そしてただ、彼女のどっしりと落付いたお臀に対して、苛ら立つばかりだったのだ。
秀子の心は殆んど子供にばかり向いていた。私が何か用を頼んでも、それが満足に果されることは少なかった。私は夜遅く珈琲を飲む習慣があった。秀子が珈琲をいれてくれないと、私の方から催促するのであった。彼女は子供に添寝をしていたが、「はい只今。」と答えたきり、中々立ち上ろうとしなかった。暫く待って見に行くと、彼女はいつしか子供と共に居眠っていた。私は腹が立った。彼女を揺り起して責めてやった。彼女は「済みません。」と云って、そして顔では笑って居た。私は更にその鉄面皮を責めたてた。彼女は子供のことで疲れているのを口実にした。そしてこう答えた。
「はる[#「
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