そして私の孤立を更に決定的なものたらしめたのは、私に対する秀子の態度であった。彼女は子供を中心にして家庭内のあらゆる機関を立て直し、あらゆる権利を手中に収め、そして子供の名に於て私に服従を求めたのである。私は服従せざるを得なかった。服従した上にも、種々の気兼ねをしなければならなかった。彼女の方には育児という正当な武器があった。私の方には無職という弱点があった。友人の紹介で得た飜訳の仕事も、気乗りがしなくて放り出していた。然し徒食しているのではなかった。その頃私は未来の文明批評家を以て自ら任じ、種々の研究を試みていた。然しそういう当もない机上の勤勉は、彼女の眼には大した価値も持たなかったし、また文明批評家という言葉の意味が空漠たると同じく、私の頭も空漠たる境地を彷徨して、何等確乎たる地盤をも有しなかった。彼女は私の未来を頼りなく思ったに違いない。私自身も実は余り頼り多く思ってはいなかった位だから。そういう不安から彼女は自分の方に責任を感じだし、自分の全権で家庭を立て直そうとしたのかも知れない。そして私を支持してゆくことを考えないで、子供を守り育てることをのみ考えたのかも知れない。然しそう
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