一つは二羽の鴨が進物用の綺麗な籠の中に並べられていた。後者に就ては私も文句はなかったが、前者に就ては少からず驚かされた。そして彼女にそのことを責めた。「これで沢山ですわ、」と彼女は答えた。私は説き立てた、普通の場合なら兎に角、年末の進物として他家へ贈るのにそんな不体裁なことは止したがいい、一層鳩だけにするか、または他方のと同種の立派な進物籠に入れるか、何れかでなければ先方の感情を害すると。然し彼女は平気だった、あの家へならどんな体裁ででも構わないと答えた。「それではお前の気持ちが済むまい、」と私は尋ねた。「何とも思いませんわ、」と彼女は答えた。それで私は、相手の如何によって自分の態度を二三にするのは最も下等なことだと、詳しく説き立てた。すると彼女は、態度は相手によってきめるべきであって、一つの態度で世の中を渡れるものではないと、反対に主張しだした。そして彼女は私の言には頑として応ぜずに、汚い籠のまま鳩を贈ってしまった。――相手の如何によって態度をきめるというのが、彼女の信条であるならば、私は何も云うべきことがない。私が彼女を愛しないならば、恐らく彼女も私を愛しないだろう。愛は心の態度である。実際彼女は、私の心の如何によって自分の心の態度をきめようとしているではないか。心の自然の推移によって、彼女が私を愛しもしくは愛しないのならば、それを私は聊かも憾みとはしない。然し愛を取引視せられることは堪らない。私が理想とする女性は――私に理想の女性があるとすれば、それは……。
 ああその時になって、秀子と結婚して二年後になって、私のうちに「理想の女」が眼覚めてきたのである。そして私は初めて、この理想の女に秀子を比較してみた。何という違いであったろう。精神的にも肉体的にも、殆んど比較にならないほどの差があった。然し理想の女の本体は、まだ捉え難い空漠たるもので、少しも具体的のまとまりを有しなかった。ただ、それを秀子と比較してみると、秀子の有する肉体的精神的の醜い点が、一々はっきり浮き出してきたのである。そしてそういう醜い点を一つも具えていないというだけの空漠たる姿で、理想の女が私の前につっ立ったのである。
 私はかかる架空的な理想の女を標準として、秀子に厳密なる批判の眼を向けた。そして私の考えは過去にまで溯って、どうして秀子を自分は選んだのであるかという問いに到達した。私はそれに答
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