突したような光焔と音響とが起り、あとはしんしんと、闇黒の底に沈んだ感じでした。
立川の家からすぐ近くの、矢野さんの庭の大きな欅に、雷が落ちたのでした。
中空に聳え立っていた欅の大木は、伸びきった幹の上部でまっ二つに裂かれて、片方の数本の枝が地上に叩き落され、そこから、樹皮の亀裂が一直線に幹を走り下っていました。その姿を、翌朝、青空のもと、晴れやかな陽光のなかに、立川一郎は仰ぎ見ました。
彼は瞑想に耽りながら、焼け跡を逍遥し、もはや人込みが少くなった頃、電車に乗り、正午近くなって会社へ出ました。そしてそのまま自席に就き、ぼんやり考えこんでいますと、専務の水町周造から呼びつけられました。
「君は、この会社の規律を、忘れたのではあるまいね。」
一語一語に力をこめて、水町はじっと立川を眺めました。その視線が、以前は金槌のようだったのに今では木槌のようだと、立川はへんなことを感じました。
会社の規律というのは、立川も鵜呑みにしていました。遅刻したり、外出したり、早退したりする場合、つまり勤務時間に在社しない場合、その理由を一々専務に報告して了解を得なければならない、そういうことでした。
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