てやるから。」
佐野は両腕を組んで構えこんだ。火鉢に湯気が立っていた。黒紗にこされた光が、柔かな暈を室全体に投げていた。子供の呼吸は静かだった。
佐野は次第に気持が白けていった。何だかばかばかしくなった。
彼は室の隅に布団を拡げて横になった。そして眠ってしまった。何にも覚えなかった……。
翌朝、彼は敏子から呼び起された。ちゃんと毛布をかけて寝てるのだった。室の戸は開け放されて、晴れやかな朝日がさしていた。
子供は大きなきょとんとした眼で、不思議そうに天井を見廻していた。熱が三十七度近くに下っていた。
「昨夜《ゆうべ》眠ったのは、あなたと女中だけですよ。」
「賢い者はよく眠るさ。」
彼は腹匐いになって、子供の柔かな頬辺をつっ突いてみた。金色に透いて見える細やかな産毛に被われた皮膚が、無心にひくひくと動いた。
蒼ざめて雀斑の浮いて見える敏子の顔が、彼には珍らしかった。それよりもなお、縁側に蹲って涙ぐんでる武田の姿が可笑しかった。肩をまるめて、泣いてるような恰好だった。
それから間もなく、武田は婚約した。
「いい赤ん坊を拵えてやるんだ。」
ちっともそれらしくない陰欝な顔で
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