また子供の方へやって行った。
「今日……。」出たらめに友人の名を挙げて、「……に逢ってすっかり話しこんじゃったものだから……。」
「分りそうなものじゃありませんか。」
「そんな……分るものか。」
「武田さんだって、変な気持がしたから来てみたと云っていらしたわ。」
「変な気持……。」
「虫が知らせるってこともあるでしょう。」
「そんなじゃないよ。父親の僕に虫が知らせないんだから、大丈夫だ。」
 子供の額はやはり熱かった。いつ覚めるとも分らない底深い眠りだった。
「氷で冷したら……。」
「余り冷しちゃいけませんって。」
 強固を通りこして冷酷とも云えるほどの敏子の様子だった。一心に子供を見張っていた。佐野は指一本差出す余地がないような気がした。
 いつまでも同じような時間だった。さめた酒の酔が、頭の奥に変にこびりついていた。
 佐野はまた武田の方へやっていった。
 武田の顔は憂欝な仮面になっていた。じっとして動かなかった。
「起きてても仕様がない。寝たらどうだい。泊っていってもいいんだろう。」
「うむ。……だが寝ても仕様がない。」
「もう二時近くだよ。」
「…………」
 露が霜にでもなりそ
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