よ。」「どうして……。」「どうしてって……まあかりに、一度も赤ん坊を見たことのない者があるとすれば、その者は屹度自分が昔赤ん坊だったことなんか、夢にも知らないでしょう。」「夢にくらいみるかも知れませんよ。」「さあ……。僕は一度も赤ん坊の夢を見たことがないんです。」「ほんとに。」「ええ。」敏子は信じられないという顔付をする。武田は淋しく微笑する。それから、ふいに憂欝な仮面みたいになる。赤ん坊が快活に躍り跳ねている。静かだ……。
 佐野は、自分一人がその群から圏外に出てるように感じた。
 ――こいつはどうも少し変梃だ。
 彼はまじまじと敏子の眼を覗きこんだ。
 敏子は聊かたじろぎもしなかった。以前より落付も出来、重みもつき、前よりいくらか美しくなり、肉附も血色もよくなっていた。
「あなたはこの頃、何だか変に軽っぽくなりなすったようよ。どうなすったの。もう一人前のちゃんとしたお父さんじゃありませんか。」
「うむ、そうだそうだ。だから僕も考えてるんだ。」
「何を…。」
「しっかりしようとね。」
「あれですもの、じきに。冗談だか真面目だか、あなたはちっとも区別がないわ。」
「…………」
 彼はい
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