はくるりと向うを向いて、襟を引き開けながら、赤ん坊に乳房を含ませる。甘っぽい乳のかすかな匂い。武田は大きく息をついて、庭の方を見る。樹々の一葉一葉に、輝かしい日が射している。静かな午後……。「そうれ、小父《おじ》ちゃま、ばあー……。」据りの悪い頭をきょとんとさして、にこにこっと笑ったり、うぐんうぐんと饒舌ったり、時々思い出したように、機械人形のように、足をぴょんぴょん蹶り立てる。ほーと云った風に、武田が眼を円くする。眼だけが円くて、そのため額に皺が寄って、可笑しな老人じみた顔付である。敏子は白い歯並で晴れやかに、赤ん坊へ微笑みかけている。武田は抱かしてくれとは云わない。敏子も抱いてくれとは云わない。そこに妙な距てがある。その距ての中で、赤ん坊はぴょんぴょん跳《は》ねている。女中がやってくる。敏子の手から女中の手へと、赤ん坊は往ったり来たりする。武田は赤ん坊の動作に見とれている。「まあー、何を感心していらっしゃるの。」「いや実際……。」面白いと云っていいか素敵だと云っていいか分らないのを、武田は不器用な顔付で示す。敏子と女中とが笑う。「自分も昔は赤ん坊だったかと思うと、不思議な気がします
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