付が、時々執拗になる。その度に、敏子は変に赤ん坊を庇う気配が見える。と同時に、彼女は得意げである。勝ち矜ったようでさえある。世間苦に染まない呑気な彼女に、そんなことは極めて珍らしい。にも拘らず、殆んど本能的な自然なものに見える。取り繕ったところが少しもない。その得意げな矜りで、彼女は赤ん坊を庇護してるかのようである。武田は一寸、苛ら立つように見える。が瞬間に、ひどく淋しそうな眼付をする。敏子の頬にかすかな微笑の影が漂っている。やがて凡てが消えて、静かな時間が続く。凪ぎ……。凪ぎの底から、赤ん坊がむくむくと動き出す。敏子も武田も、その方に眼を注ぐ。赤ん坊は変な声を立てる。泣くのでも叫ぶのでもない。「おうお目《めめ》がさめたの。」敏子が寄ってゆく。赤ん坊は大きな声を立てる。蚊帳が取りのけられて、白い布団、白い薄い毛布、白い着物、その何もかも真白な中から、赤い顔と赤味がかった髪の毛とが、もがき動いている。「おう可哀そうに、おっぱいの時間でしょう。」ぐらぐらした首筋、きつく握りしめたまん円い手、足をからめた長い着物の裾、その変に頼りない危っかしい全体が、敏子の膝に抱かれる。「御免下さい。」彼女
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