れる……というほどではないが、変に自分達の生活まで白日に曝される、とそんな気が佐野にはした。不愉快だった。
 佐野が家に居合せる時でも、武田は書斎の方へは通らないで、子供のいる方へ勝手にはいりこんでいった。それを敏子は親しく迎えていた。
 八畳の室。日射《ひざし》の遠い北の窓近くに、母衣蚊帳が拡げてある。赤ん坊がすやすや眠っている。傍で敏子は針仕事をしている。引きつめた束髪に結っている。それが彼女によく似合って、年齢よりは若く見せる。額の広い細長い顔だから、大きな束髪よりも引きつめたものの方が、若々しくなるのである。鼈甲の櫛が一つ、程よい装飾をなしている。その母と子とから少し離れて、縁側に、武田が寝そべっている。新聞や雑誌を退屈しのぎに拡げてはいるが、別に読むという風でもない。ぼんやり空想に耽ったり、赤ん坊の方をじっと眺めたりしている。長い髪の毛が乱れている。櫛で綺麗にかき上げてもすぐ乱れてしまう、細いしなやかな毛である。その頭髪と妙な対照をなして、痩せた浅黒い顔が固く骨立っている。冷い固い感じの、色艶の悪い皮膚である。眼だけがひどく敏感に、黒ずんだり閃めいたりする。赤ん坊の方を見る眼
前へ 次へ
全34ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング