に……。」
「坊やを連れてきてごらん。」
「まあー、どうして……。今眠ってるじゃありませんか。」
「いいんですよ、ほんとに、そんなことをしなくたって……。」
「一体どうなすったの。」
「なに、どうでもいいことなんです。」
武田と敏子とからじっと見られて、佐野は一寸心の置き場に迷った。
「君が変なことを云い出すものだから、実地に証明してやろうと思ったんだが……。」
「君の方だよ、変なことを云い出したのは。」
「変じゃない。ありのままじゃないか。」
「一体何のことなの、それは……。」
敏子は不思議そうに二人の顔を見比べた。
「赤ん坊の世界が……何だったかな……。」
佐野にも一寸何だか分らなくなっていた。
「ははは、忘れちゃった。」
笑いにごまかしたが、まだ何か心の底に残っていた。
武田は無神経なほど落付払っていた。或は何にも感じなかったのであろう。敏子と、母乳がどうだとか牛乳がどうだとか、そんなことを話し初めた。
佐野は口を噤んでそこに寝そべった。天井を仰ぎながらやたらに煙草を吹かした。
やがて武田が帰って行くと、佐野は急にまた腹が立ってきた。そして不思議にも、それが我ながら
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