ない。」
「だけど、変だったわ、時々じいっと坊やの方を見ていらっしゃる様子が……。わたし一寸恐くなりそうだった。」
「ははは、ばかな。」
――なんだ、そんなことか。
佐野は笑ってそれきりにした。
けれど、翌日の晩、武田が訪ねてくると、何故ともなく、二人とも玄関へ出ていった。
「やあー、また来ましたよ。」
その調子ばかりでなく、様子に、佐野は一寸面喰った。先日の憂鬱な影が薄らいで、どこか無邪気なそして押しの強い、いつもの武田になっていた。
「僕の方から行こうと思ってたところだった。」
「なあに、別に用はないんだから……。一寸子供の顔を見たくなってね……。」
「…………」
佐野は苦笑した。
「愉快なもんだね。」
「ほう、そんなに気に入ったのかい。」
「ああ、すっかり気に入っちゃった。」
「まあー、何を云っていらっしゃるの。」
「いや本当ですよ。佐野君なんか、家に子供がいるんだから、ふらふら出歩かなくったって、子供の寝顔でも見てる方が、よっぽどいいんだがな。」
「そんなら賛成よ、わたしも。あなた、どう……。」
「つまらないことを……。いやでも毎日見なくちゃならないじゃないか。」
「
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