いた。
 敏子は一寸不審そうな眼付をしていた。
「二時間も……何を話していったんだい。」
「何ということはなく……口を利くのが面倒だって風に、黙りこんで子供ばかり見ていらしたわ。奥さんがなくなって、やっぱり淋しいんでしょう。」
「そりゃあね……。」
「そうそう、あなたと同じようなことを云ってらしたわ。子供の匂いはどこか果物の匂いに似てるって……。」
「そうれごらん。」
「だけど、子供の寝顔を見てると海を思い出すって、そうあなたが仰言ったことを云うと、ふいと大きな声で笑い出しなすったわ。わたしびっくりしちゃった。」
「ふーむ、分らないんだよ。」
「だって、何があんなに可笑しいんでしょう。」
「何か変なことを思い出したんだろう。……それはそうと、訪ねていってみようかな。」
「今晩か明日か、また来ると云っていらしたわ。」
「今晩か明日……やはり何か用があるのかしら。」
 佐野は一寸気にかかった。
 先日のこと……よしない時に出逢って、よしないことを饒舌っちゃった、というより寧ろ、その全体が不安なことに思い出された。
 敏子も何だか気がかりらしい様子をしていた。
「いや、何でもないことかも知れ
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