「まあ何だね、凡てを忘れて、自由に飛び廻る……とでも云うのかしら。」
「いつでも君は自由に飛び廻ってるじゃないか。」
「それがね……少し。」
 佐野はうそうそと微笑んだ。昼間からのことが、いろんなことが、頭に浮んでいた。
「どうなんだい。」
「まあいいや。……そんなことよりか、今晩、これから改めて飲みに行こうか。たまには気晴しもいいよ。」
「飲むのはいいが……。」
 武田は立止って、佐野の顔をじっと覗き込んできた。
「君はこの頃、遊び初めたんだね。」
「いや、遊ぶというほどじゃないよ。ごくたまに……。」
「女を買うのか。」
「…………」
 快活に微笑んでた佐野は、意外なものにぶつかった。武田とは以前時々、待合にこそ行かなかったが、芸者を呼んで騒いだこともあった。その武田が……。
「そして細君は……。」
 軽い驚きから一転して、佐野は愉快なそして道化た調子になった。
「大丈夫さ。何も知らないよ。また知ったとて嫉妬を起すほどのことでもないからね。僕はすぐに相手の女の顔も名前も忘れちまうんだ。まあ、たまに家庭外の飯を食う、それくらいのことにしか当らない。そして元気になりゃあ、それでいいじ
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