に……。」
好奇な鋭い眼付は、武田の存在を生々とさした。
「なに……一寸……。」
考えてるうちに佐野は落付いてきた。愉快そうな顔をした若い女が、幾人も通っていた、男も……。
「こんなことがあるよ。結婚して二三年すると、一種の倦怠期と云うか……免に角、夫婦生活に興味がなくなって、淡い幻滅の時期がくる。誰だってそうらしい。そして自由な独身者を羨んだりするようになる。夫婦生活というものが、変に束縛という風にばかり感じられて、細君が亡くなったらと、そんな想像までするようになる。勿論、死なれるのは困るが、そっと消えて無くなったらと、まあそれくらいのところだね。それだって、男性通有のことだとすれば、そう軽蔑も出来ないよ。」
「そりゃあ、細君を持ってる男ばかりが考えることだ。」
「そうかも知れないが……然し、物事は考えようだからね。夫婦生活なんて、二三年で沢山なものかも知れないよ。」
「君もそうなのか。」
「僕……。いや、僕は、妻を愛してるし、妻に消えて無くなって貰いたいとも思ってやしないが……それでも、何と云ったらいいかなあ……籠から脱け出したくなることもあるよ。」
「籠から脱け出すって……。
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