た憂鬱な仮面みたいになっていた。
「外を少し歩こうか。」
「うん。」
 街路の方が、燈火の度は遙に淡かったけれど、佐野には、ずっと明るいところへ出たような気がした。多くの通行人の頭の上を軽い風が吹き過ぎていた。空高く、星が二つ三つ光っていた。方々で、ラジオの喇叭から、無関心な騒音が流れ出ていた。
 武田は何かに怒ってでもいるかのように、黙って真直に歩いていた。単衣に兵児帯、そして太い支那竹のステッキをついて……。
 ――一定の形を具えた空虚……動き廻ってる空虚……。
 佐野はそんなことを頭の中でくり返した。
 暫くぶりに、レストランの中でふいに現われて、変なことを饒舌って、仮面みたいな憂鬱な顔をして、今黙々として歩いてる武田自身が、形はあるが空虚だったら……。拳固でどやしつけて、その拳固がすっと突きぬけたら……。
 佐野は我ながらばかばかしくなった。とたんに、衝動的に、武田の肩を叩いた。骨立った薄っぺらな固い感じがした。
「え?」
 振向いた武田より佐野の方が、なおびっくりしていた。
「だって……おかしいじゃないか。」
 何がだってだか……ただそんな風に云ってみた。
「何だい、だしぬけ
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