ものを持ってきてもふさげられない……それそっくりのもの、妻の肉体をもってこなくちゃふさげられない、そういった空虚が、家の中にふわりと浮んで動き廻ってるんだ。」
「…………」佐野は答えにつまった。
「僕は、昔の幽霊なんてものは、結局そういう空虚を指すんだと思う。幽霊を何か実体があるように考えるのは間違ってる。それはただ、一定の形を具えた空虚じゃないかね。生きてた当の人間の肉体そのものでしかふさげられない空虚だ。ただ、眼に見えなくて、感じられるだけのものだが……然し、もし空虚そのものが眼に見えるようになったら……。」
「そりゃあ……困る……。」
「困るとか困らないとかいう問題じゃないよ。全く思いもよらないことなんだ。」
「誰だってそんな……。だが、考えてみれば、それも愛情のせいかも知れないよ。」
「愛情……そういった気持とは全く別なものだ。僕は何だか不気味な恐ろしい気持さえしてるんだから。」
 佐野も聞いてるうちに何だか変な気持になりかかっていた。それは単に気のせいだ、と云ってしまいたかったが、武田の調子や顔付を正面にしては、そうも云いきれないものがあった。
 暫く黙り込むと、武田の顔はま
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