は、各種の宝石を一通り具えてみたくなる。慾にも階級がある。
洋菓子をもろくに食えない身分でありながら、僕は、一つでいいから宝石の指輪が欲しかった。それもつまらないものではいやだ。すばらしい真珠か、小さくとも質のよいダイヤかだ。その指輪のケースをひそかに懐にしのばしていって、何気なく彼女の前に差出すのだ。彼女はあけてみてびっくりする。うわずって片方少し斜視の眼が、キリストを見上げるマリアのような眼付になる。白粉やけのした蒼白い頬に曙の色がさす。そして静に指輪を僕の方に押し戻して、こんなことをして頂いてはわるいと云う。あなたのお家の事情もよく分っている、こんな無駄なことをなさるより、お母さんを何か喜ばしてあげなすった方がよい、あたしはもうお志だけで充分だ、とそんなことをしみじみと云う。それを僕は無理に受取らせる。そしてしまいに、二人とも口を噤んで涙ぐむ……。
甘ったるいのは当然だ。僕はある女に――芸妓に――惚れこんでいた、或は恋をしていた。芸妓に惚れるなどは、ブールジョアのすることらしいが、こればかりは理屈ではいかない。独身者の生理的必要を満すには、いくらも安価な方法がある。然し方法を
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