は、『釣り女』の踊に少しばかり感興を覚えただけだ。然しそんなことは初めから予期していた。予想に反したのは、観客全体の黒っぽさだ。会の性質上、そこにはぱっと明るい色彩が展開されてることと思っていた。派手な色彩と香料との温室だ。ところが実際は、室の中は冷かだし、香料は淡く、色はくすんでいる。痩せた浅黒い顔がいくらもあるし、背広服の男が多数だし、女は大抵じみな着物に、黒の紋付なんかをひっかけている。そしてそんなところで見る芸者は、へんに栄養不良だ。僕は満員の場内の後ろの壁際につっ立っていたが、ともすると外の廊下に足が向いた。そこの寂しい長椅子にぽつねんと腰を下して、煙草でも吹かしている方が、気楽だ。やがて、番組の合間に、がやがやと人が出てきて賑かになる。暫くすると、それがみな扉に吸いこまれていってひっそりとなる。平磯の波の届く巖の上にいるようなものだ。ところが、そのがやがやとした波の時に、僕ははっとして飛び上った。
 僕の勤めている商事会社の社長が、にこにこした顔で前に立っているのだ。五十歳ほどの、働き盛りの男だ。黒の背広に縞のズボンをはいて、チョッキの胸に細い金鎖を一筋張り渡している。

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