あるまい。彼等に適当な衣食住と性欲機関とを与えれば、誰も金銭などを見向くものはあるまい。少なくとも僕は見向かない。あの時でさえ、「不自由な」僕でさえ、百円の金を喜久本の帳場へ平気で投げ出した。少しも惜しい気はしなかった。単に幾枚かの紙片の位置を変えただけだ。惜しいのは、具体的な物だ。指輪だ、時計だ、衣類だ、酒だ、御馳走だ、彼女の肉体だ。
彼女はいつも朗かな調子でやってくる。他に出ている時には、貰いをかけるとすぐにくる。別に嬉しそうな顔でもない。それかって取澄してるのでもない。そして饒舌で酒飲だ。が、その饒舌は、めちゃくちゃに下らない事柄の上を飛び廻るだけで、そして時々晴れ晴れと笑うだけで、結局のところ沈黙に等しい。唄もうたえず洒落の才能もない僕は、杯を弄びながら、いきおい黙りこみがちだ。わきから見たら、何が面白いのかと訝られるに違いない。然し傍目にそう見えるのが、惚れた男の常態だ。彼女の、斜視めいてうわずった左の眼付が、僕の眼を擽ぐる。舌が長すぎるような甘ったるい言葉附が、僕の耳を擽ぐる。白粉の下の蒼白い頬の皮膚が、僕の感傷をそそる。――あたしもう何もかも嫌んなっちゃった、といろんな
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