る密閉した屋内に、爽かな冷い外気を吹入れるような調子で、マネキンガール――或はロボット――のことを話してやったものだ。が彼は、それから周囲の彼等は、何の感与も起さないらしい。彼等は僕のことを、非実用的なことばかり考えてる夢想家だと見做しているが、その夢想家の馬鹿げた空想の一つとして聞き流してしまった。然しそれは、彼等が気球広告をよく眺めていない証拠になるばかりだ。誰にでもいつかは気球広告をじっと眺める時がくる。彼等にも後でその時が来たに違いない。僕のことを気球ロボット先生と綽名するようになった。
気球ロボット先生というのは、僕としてそう嫌な綽名ではない。病後の自由と淋しさ。大都会のなかの孤独。気球もきっと同じ気持を感じてるに違いない。そして彼が常に寒い風に曝されてるように、僕の懐中も窮乏の寒さに曝されている。そのなかで、彼女に対する甘ったるい空想に耽るのだ。そんな時の金ほどつまらないものはない。僕は母をごまかして得たうちの百円を、喜久本の帳場に瓦礫のように惜しげもなく投げ出せたものだ。母は幾つかの指輪を持っていた。そのうちに、年老いてからは殆んど使わないダイヤが一つあった。それを暫く
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