りないような類の色だ。丹念に鋏で刈りこまれたらしい口髭が、鼻の下に逆立っている。一体髭にしろ髪にしろ、先端が細くしなやかでなければ毛としての優雅さは持ち得ないものだが、大抵の口髭は先端も根本も同じ太さで、ぶつりと断ち切られている。針金を植えたも同じだ。それを一種の装飾だと自惚れてるからおかしい。それと対照的に、眉根に二つの皺が縦に刻まれている。そして目には、底力のない鋭利な光が浮動している。奥行がなくて角膜にだけ浮いてるその鋭利な光の動き工合に応じて、眉根の皺が深くなったり浅くなったりする。これは生活の表徴とも云うべきものだ。社債の売買応募、金融の仲介、そんなことを主としてるこの商事会社では、微妙な而も単なる数字的な駈引折衝が社員の重な仕事だった。誰かが――例えば僕が――病気で長く休んだとて、社の業務には大した支障を来さない。いつも隙だ。がいつも神経的に忙しい。こんな生活を長くやってると、神経だけが尖鋭になり、情感が遅鈍になり、血液の循環が不平衡になる。眉根の縦皺と角膜に浮動してる光とがその徴候だし僕は同僚のそれを見てると、何だか胸が重くなってきた。そこで、スチームの暖気でむうっとして
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