し出される。毎日毎日を通じて、必要という棒をむりやりに押し進めてるようなものだ。而もその棒は益々太く重くなるばかりだ。それと睥めっこをして、煙草をふかしながら、もしここに千円もあったらと空想する。僕の身分ではそれは大した金額だが、数字の上では一寸したものだ。会社の帳簿などの上では、マル一つで数万数十万が左右される。一桁の数にマルをつけると、百以下の差だし、二桁の数にマルをつけると、千以下の差だが、五桁の数にマルをつけると、十万乃至百万の差になる。同じマルにも、場合によってこんな価値の差があるのは不思議だ。マルを一つ取りこんでやれ。マルは零《ゼロ》ではないか。僕に零を一つくれと云ったら、人はどんな顔をするだろう。
「君の様子は少し変だ。まだ病気がすっかりなおってないんじゃないのか。」
そんなことを社の同僚が云う。或は少し変かも知れない。僕は一人の女を愛しているのだ。それに、大病の後転地保養もしないで出勤しているのだ。それにまた……これは愉快な思附だった。室の窓から、多くのビルディングの間をぬけて向うに、大きな気球広告が風になびいていた。気球の下には、不細工な文字が並んで馬鹿げた媚態を作
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