。あんな女を……と云えるのが大多数だ。鼻が曲っていたり、唇が反り返っていたり、眼が右と左とちんばだったり、耳朶が少し欠けていたり、背が低すぎたり高すぎたり、掌の幅が広かったり、方々に欠点だらけの者が多い。ところが、恋してる男の方では、それでよいのだ。それで満足なのだ。どこか一つのところに惚れこんで、その一点から全体を覗いてみるのだ。葦のずいから天井をのぞくようなものだ。それになお、恋愛は一種の電気作用だというのも、真理かも知れない。それはただ相牽く力だ。体質や気質による牽引力だ。然しともすると、一方だけが牽かれて、一方は何にも感じないことがある。僕の場合も、そういった感がないでもない。そんなら一体、どういう点から彼女を覗いたのか、それは一寸云いにくい。或は左の眼のうわずった斜視めいた眼付かも知れない。或は頬の生気のない蒼白い皮膚かも知れない。或はしまりのわるい口の舌ったるい言葉かも知れない。或は腰部が大きく胸部が腺病質に細そりしている胴体かも知れない。或は紅をさした細長い爪かも知れない。人は妙なところに惚れこむものだ。或は、そういった特殊な点ではなくて、花柳界の頽廃した雰囲気のなかで、
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