トに乗って城壁を眺めるによく、北京郊外万寿山の昆明湖は、モータボートを走らせるによく、北京市内の北海・中海・南海は、その周辺をそぞろ歩きするによいが、済南の大明湖は、実は画舫よりも和舟でも浮べ、その中に寝ころんで無念無想になるのに適する。
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 北京には数多くの記念的殿堂と公園とがあり、それらの主なものを、遊覧バスで大急ぎに見廻るのにも、一日を要するほどである。
 それらの主な記念的建築のうち、最も有名な万寿山も旧紫金城も、その風趣に於ては、さほど有名でない天壇に及ばない。天壇のうちでも殊にその圜丘は現代人の心をも打つ魅力を持っている。遠くから見れば、森の中に築かれた白大理石の段丘であり、三段にめぐらされた白色の欄干のみが目につく。ここは昔、毎年冬至の未明に、天子斎戒して昊天上帝を祭られた所で、その壇の円形は天円地方の義に則り、壇上の敷石や欄干や階段などは天数に応じて九の数が選ばれている。それらのことが、ただ圜丘のみで他に何の建造物もないこの壇上で、おのずから感ぜらるるほど、簡素な豪華さを具えてるのである。
 散歩場所についても同様で、有名な中央公園や北海公園や中南海公園な
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